はじめに
この記事では、EAPについてこれから学んだり、関わったり、会社組織の担当者として導入しようとしている方に対して、2022年1月時点において、できる限り正確な情報や考え方について紹介します。 様々な団体や組織、国の機関などが異なった主張をしている場合がありますが、それらの記載について中立の立場で記載していますので、最後までご参照ください。
【EAP=従業員支援プログラム】
EAPとは、Employee Assistance Programの略称です。 日本語では、『従業員支援プログラム』と呼ばれるものです。 ここでの支援とは主に、メンタルヘルスの不調における支援を指すことが一般的です。 つまりEAPとは、「従業員のメンタルヘルスを支援するプログラム」とも言えます。
EAPの歴史
EAPの取り組みは、アメリカのアルコール依存や薬物使用の労働者支援から始まりました。 (このような取り組みが始まった年代については、1920年代、1950年代、1960年代、とさまざまな文献で一致が見られないため、あえて限定した記載はさけます。) 現在のアメリカでは、大企業と呼ばれる8割から9割の企業で導入されている仕組みとなっています。
日本におけるEAPの取り組みは、自殺の増加などへの対応のために1980年代からはじまり、国の「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が2000年に示されています。2015年には、労働安全衛生法が改正され、従業員数50人以上の企業は、年1回のストレスチェック実施が義務化されたことから、検査実施の委託先としてEAPへのニーズが一層高まりました。
日本におけるEAPの定義
それでは、日本で見られるEAPの定義やその意味についてご紹介し、参考までにもう一つ、国際的なEAPの職能組織が提示している定義についてもご紹介しましょう。日本の労働行政を担う、厚生労働省がEAPの定義を出していますので、まずそちらをご紹介します。
EAPとは、メンタルヘルス不調の従業員を支援するプログラムのことです。
引用元:厚生労働省e-ヘルスネット
日本におけるEAPは「従業員のメンタルヘルス対応」である、と述べられています。厚生労働省の定義しているものは、非常にシンプルです。 これについては後述しますが、『メンタルヘルス問題』というものは、非常に広範な背景をもって発生するもので、いわゆる精神心理的な問題だけの対応では従業員、企業のニーズには答えられません。
国際的なEAPの定義
日本にも活動拠点がある、国際的な組織におけるEAPの定義について紹介します。
EAPの定義: EAPは組織と個人へサービスを提供します。その範囲は幅広く組織への戦略的問題から社員とその家族個々人への個人的な問題を扱います。職場のプログラムとしてEAPを提供するスタイルは多様であり、その組織のサイズ、事業内容、ニーズによって異なります。 一般的にEAPは専門家によって次の2つのサービスが提供されます。 ・職場の生産性、健全な運営の維持及び向上、またその組織ニーズの提言をする。 ・人間の行動とメンタル上の健康に関する専門家のノウハウを通じてサービス行う。 より具体的にはEAPは組織ごとにEAPプログラムをデザインすることをサポートし、 (1)生産性に関わる提言を行い、 (2)従業員をクライアントとして個人的な問題の整理や解決を援助します。 個人的な問題は、健康(ウエルネス)、メンタル、家族、経済問題(借金など)、アルコール、薬物、法律、感情、ストレス、など仕事の結果に影響を及ぼしうる様々な問題を意味します。 引用元:国際EAP協会(EAPA) (一社)国際EAP協会 日本支部
こちらを見ると、『従業員のメンタルヘルス』というだけでなく、『職場の生産性、健全な運営の維持及び向上』といった、会社組織の視点も含めた目標も提示されています。 また、取り扱う問題についても非常に多様で、従業員の健康、メンタル、家族、経済問題など、『仕事の結果に影響しうる様々な問題』を扱うとしています。
外部企業による従業員支援=外部EAP
現時点の日本の会社組織で言えば、福利厚生や安全衛生管理、ハラスメント問題、福利厚生なども含む、幅広い支援のことを指すようです。 先述した厚生労働省の示す定義には、続きがあります。
メンタルヘルス対策推進のために「4つのケア」が重要とされています。 「4つのケア」とは、労働者自身が自らのストレスを予防・軽減する「セルフケア」、 管理監督者の行う「ラインによるケア」、 「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、 事業場外の専門機関の支援を受ける「事業場外資源によるケア」です[1]。 EAPは、4つ目の「事業場外資源によるケア」に当てはまり、社外の機関によって行われます。 従業員は自分の悩みを社内の人に知られることなく、専門家に相談することができます。 引用元:厚生労働省 e-ヘルスネット
厚労省の定義では、EAPは『従業員のメンタルヘルスケア』であることとともに、『事業場外資源によるケア』である、としています。
日本においては、これまでの社会保険労務士、精神保健福祉士、保健師等に加え、キャリアコンサルタントや公認心理師といった、従業員支援にかかわる関係資格が次第に拡充してきています。 これにより、厚生労働省の定義にみられる「セルフケア」の指導や助言、管理監督者の行う「ラインによるケア」に対するコンサルティング、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」に対するフォローなど、これまでは従業員個人や事業所内スタッフが担当していた支援業務についても、外部のEAP企業等がフォローするサービスが増加し、企業側からもより専門的なニーズが増えています。
【EAPで扱う内容とその対応】
EAPの取り組みは、「一次予防」「二次予防」「三次予防」という『段階』で説明する場合もありますが、『扱う内容と方法』がわかりにくくなりがちです。
相談内容
現在のEAPにおける相談事業の内容はかなり多岐にわたっており、この点については、労働関係法規や、社会保険制度、産業保健、そして「産業カウンセリング」の考え方を知っていることが必要となります。
ここでは、厚生労働省が『メンタルヘルス』と定義しているEAPで取り扱う内容を具体的に確認することで、EAPの取り組みの多様性を確認しましょう。
・職務内容・昇進・退職・転勤・休職・復職・キャリア形成・社内の人間関係・業績・ハラスメント・ストレス対応・精神心理の不調・健康問題・家族・子どもの養育・結婚・出産・離婚・介護・相続・性的問題・DV・虐待・発達の問題・養育費・ローンなどの金銭問題・ギャンブル・アルコール・薬物・病気の治療・治療費・治療しながらの就業・事故・事件・トラウマ・自死念慮・老い・会社組織形成・就業意欲・地域の人間関係 など 参照:産業・組織カウンセリング実践の手引き 改訂版 三浦由美子 他
人間であれば私たちにいつ発生してもおかしくない問題が、従業員としての仕事の成果に影響を及ぼしますし、EAPの面談の場では、こうした内容が絡み合って相談されることが少なくありません。 こうした多様な問題があることを前提として、従業員のメンタルヘルスへの影響をいち早くキャッチし、社外の相談先を利用するなどして、プライバシーに配慮しながら生産効率を上げていくことがEAPの役割です。
対応方法
上記のような問題が深刻化しないよう、次のように取り組む必要があります。
一次予防 |
・ストレス対処のスキル向上 ・ストレス要因を減らす環境・組織づくり ・セルフケアの習得 |
【どこまでが内部でどこからが外部?】 以前は、2次予防の段階になってから、外部のEAP企業等の心理専門職に対してカウンセリングを依頼するケースが多く見られましたが、最近では、1次予防の段階から外部の専門機関と連携して、従業員のメンタルヘルスに取り組む企業も増えています。また、心理職を直接雇用する内部EAPも見られますが、組織内の守秘義務の問題など、内部、外部いずれにも一長一短があります。 |
二次予防 |
・早期発見と早期対応 ・不調者への適切な対応 ・他機関との連携 |
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三次予防 |
・リワーク支援 ・再発防止支援 ・ストレスマネジメント研修や環境改善の助言 |
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【参照・改変】産業・組織カウンセリング実践の手引き 改訂版 三浦由美子 他 |
【EAPを行うにあたっての専門性と説明性】
専門性
現在のところ、EAPを実施する会社や個人に対しての明確な基準はありませんが、自死の問題やガンなどの「治療しながらの就労」など、複雑化する問題に対してはより高い「専門性」が求められます。
産業保健の分野における産業医や保健指導を行う保健師、休職や復職等の手続きにかかわる社会保険労務士、義務化となっているストレスチェックに携わる精神保健福祉士や心理職、障害などの状況に陥った際に社会資源を調整する社会福祉士など、高い専門性のもとで、様々な職種が連携していくことが不可欠となるでしょう。
EAPを実施する外部の会社はこうした人材を確保し、提携している会社組織と継続的な支援関係を結んでいく必要があります。
説明性
また、従業員支援には、内部であれ外部であれ「説明性」が求められます。 従業員支援は、異なる専門家と専門家ではない会社の社員や管理職との連携によって行うものであるため、説明性は専門性とともにEAPの重要なポイントです。
産業領域でのEAPは相談内容が多様ですので、カウンセリングの技術だけでなく、組織に対する見立てや介入、研修会の実施など、さまざまな場面で説明能力が高いことが必要です。 また、産業領域は非常に多様な職場がフィールドとなります。事務的な会社ばかりではなく、惨事ストレスなどを扱う場合もあり、地域の工場であることもあります。メンタルヘルスの知識だけでなく、職業の多様性に対応し、産業領域にかかわる関係法規などにも少なからず触れておく必要があります。
各業界の動向に関心を持っておくことも役立ちますし、少なくとも自身が関与する業種については、事前に情報を得ておくなど、クライアントとなる従業員の方と対話する際に、安心して話ができるように配慮することも必要です。
【外部EAPにおける従業員支援の形態】
新型コロナウイルスの発生により、従業員支援の形態にも変化が求められています。
主流だった対面によるカウンセリング
これまでは、カウンセリングというと対面で行うことが通例でした。 もちろん電話相談などはこれまでもありましたが、心理臨床的にはそれは例外に近く、心理職のトレーニングの中にもオンラインによる面談の科目はありません。
また、通常の心理面接で心理職が得ている情報は対面によるアナログなものが多く、実際の心理療法等については、対面でないと実施不能なものも少なくありません。心理検査等のアセスメントにおいて、オンラインでの実施はまったく想定されていないのです。
需要の高まるオンラインによるカウンセリング
しかし一方で、オンラインを使用することによって在宅のまま面談することが可能になることから、それが利益になるクライアントがいることも確かです。 かつての東日本大震災の時など、限られた環境の中で心理支援を行う際には、対面にこだわっていられないこともありました。
オンラインでの心理面接に関しての効果は、2022年1月現在まだ確定はしていませんが、選択する技法によっては、面談とそれほど変わらない効果があるとする報告も複数見られます。 (参考:精神療法 金剛出版 2021)
テレワークが普及し、在宅勤務を導入する企業が増えたことから、直近のデータでは東京からの人口流出が流入を超過したというニュースがありました。 今後、従業員支援の分野でオンラインでの面談が普及していくことは間違いないことでしょうし、それによって労働時間への影響が削減され、従業員の面談に対する具体的負担が軽減されるなどの効果も期待されます。
従業員支援の取り組みが、より時代に沿った形に変化していくことは、ごく自然なことでしょう。
【企業における従業員のメンタルヘルスの重要性】
メンタルヘルスケアを企業に取り入れることによって、明るい職場作りを保つことや生産性の向上企業における従業員のメンタルヘルスケアの重要性が期待できます。 ここからは、企業が従業員にメンタルヘルスケアを行うことの重要性について解説していきます。①業績低下のリスク 職場で半数以上のメンタルヘルス不調を抱えている人がいると、精神疾患による休職・離職者数が増えていきます。
その結果、生産性が低下や労働力不足になり、事業全体の業績低下に繋がるのです。
令和2年に厚生労働省が公表した「労働安全衛生調査(実態調査)」では、現在の仕事において、強い不安やストレスと感じると答えた労働者の割合は 54.2%という結果が出ています。
これらのリスクを踏まえると、メンタルヘルスケア対策は従業員一人ひとりの心の健康状態だけではなく、経営のリスクマネジメントの一種となることが分かります。
②従業員の生産性の低下
従業員の心の健康状態は、組織全体の生産性に影響を与えます。
人は、メンタルヘルス不調になると脳の機能が低下していきます。
そのため、集中力や判断力の低下や物事に対する意欲や好奇心も下がっていくのです。
このように、メンタルヘルス不調者が増えることにより、仕事の質が落ち、生産性が低下していくためメンタルヘルスケアを行うことが大切なのです。
③従業員とのトラブルを回避できる
メンタルヘルスケアを企業全体で取り組むことによって、従業員との不要なトラブルを回避することができます。
なぜなら、メンタルヘルスケアをしていない場合では、生産性が落ちる意味を理解できないため「なぜ、できないんだ」と苛立ちを覚える経営者もいるためです。
そこで、メンタルヘルスケアを行うことで、従業員の満足度が上がり「自分はいい企業に勤めている」と思うようになります。
このように、メンタルヘルスケアを行うことで「従業員の質」と「従業員から見る企業の評価」を上げることができるのです
【参考文献】
日本EAP協会
国際EAP学会(EAPA)によるEAPの定義
Employee Assistance Program (EAP)とEAP Core Technology
http://eapaj.umin.ac.jp/coretech.html
http://www.eapassn.org/About/About-Employee-Assistance/EAP-Definitions-and-Core-Technology
厚生労働省 2000
業場における労働者の心の健康づくりのための指針について
厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-085.html
精神科専門医 医学博士 高橋倫宗
https://meden.co.jp/mentalblog/2021/08/13921/#midashi2
医療情報科学研究所 編 2019
職場の健康が見える 産業保健の基礎と健康経営
金剛出版 2021
精神療法 オンライン心理相談の最前線
三浦由美子・磯崎富士雄・斎藤壮士 著 遠見書房 2021
産業・組織カウンセリング実践の手引き
公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会 編 労働調査会 2021
労働関係法の要点