ロジャーズのカウンセリング思想が残したもの

ロジャーズの提唱したカウンセリング法として、来談者中心療法があります。これは、ロジャーズ自身の精神分析療法や行動療法におけるクライアントとの治療関係に基づき、指示や解釈による働きかけへの疑問から考案されたと言われています。この療法は「非指示的療法」と呼ばれ、第二次世界大戦後における日本の心理臨床現場に大きなインパクトを与えたことで有名です。

その理由として、積極的傾聴、受容、共感というカウンセリング技法がわかりやすかったこと、「非指示的」と言われるとおりクライアントに対して侵襲的ではないこと、の2点があるとされています。反面、日本の臨床現場で安易に使われてきたという反省や、楽観主義的な療法と批判されてきた歴史があることも否めません。

しかし実際のところ、来談者療法は傾聴と共感とに終始していたわけではなく、「自己一致」を大切にすることを最も主張したものでした。後のロジャーズ研究では、そのカウンセリングのプロセスを7段階に示しています。それは、次のようにまとめられます。

1 自分の感情が表明されていない段階から、直接経験した感情の流れを否定することなく自分の感情と認める段階「感情的と個人的意味づけ」

2 今ここで体験しつつあることを意識していない段階から、体験の流れの中で自己受容的に生きることができる段階「体験過程」

3 今体験しつつあることとその象徴化や他者に伝えることとの間に矛盾があるが気づいていない段階から、一時的にも一致することがある段階「不一致」

4 自己を喜んで伝達しようとするしたり、防衛的ではなく自由に伝達できる段階「自己の伝達」

5 自分の持つ諸概念が硬く動かし難い段階から、新しい体験に合わせて柔軟に修正され体験過程と照合されて検討される段階「体験の解釈」

6 問題を意識せず変化への欲求もない段階から、問題の形成に責任と役割を感ずる段階「問題に対する関係」

7 他者との密接な関係は危険なものという段階から、自由に開放的な関係に生きることができる段階「関係の仕方」

つまり、段階のレベルが高くなることでパーソナリティには柔軟さや自由さが備わり、新しい体験にも開かれ、それがまたパーソナリティの変化へと束ねられていくこと。ロジャーズはそれこそが「自己一致」である、と定義したのでした。

 

とはいえ、こうしたクライアントの成長をカウンセラーが終始見守るには、大変なエネルギーが必要です。実際のカウンセリングにおいて、クライアントがこれまでの価値観や態度を変化させる中で、激しい情緒的過程を通ることは明らかだからです。そこではカウンセラー自身が自らの世界を壊すことなく、かつ傍観者にもなることなく、クライアントの激しい情緒と混乱を支えていかねばなりません。

 

このことから分かるように、ロジャーズのカウンセリングはその入口が比較的分かりやすく、誰もが入門しやすい技法を取り揃えているとはいえ、カウンセラーとして成長するには決して平坦なものではないようです。

しかし、ロジャーズは晩年になってこう語っています。「『非指示』が技法と見なされたことと同様、『クライアントの感情の反映』も単なる技法と解されたことは本意ではなく反省もしている。大切なのは、カウンセラーはクライアントの鏡になることであり、感情の確認である。これによってクライアントはありのままの自分に気づくことができる。」