メンタルヘルス対策の基礎知識

従業員の健康は1人1人の対策と、事業所が行う対策が必要です。メンタルの調子を一度崩してしまうと、治るまで時間がかかることも珍しくありません。メンタルの不調は個人の問題ではなく、事業所全体の問題でもあります。そのため、事業所も日ごろから従業員のメンタルヘルス対策を行うことが大切です。

 

ここでは事業所が行う基本的なメンタルヘルス対策について解説していきます。メンタルヘルス対策が何かを知って、従業員の健康と事業所の職場環境改善のため、正しく実施しましょう。

 

メンタルヘルスとは?

日常的に聞くことが多くなったメンタルヘルスという言葉ですが、そもそもは「心の健康」を表しています。以下は、厚生労働省が出しているメンタルヘルスの定義です

  • 精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう。

    厚生労働省 労働者の心の健康の保持増進のための指針
    https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/roudou/an-eihou/dl/060331-2.pdf

 

メンタルヘルスはうつ病や双極性障害などの病気だけではなく、不安感や気分が沈む、ストレスといった診断がつかないレベルの状態も含まれます。

 

時代の流れとともに、メンタルヘルス不調は増加傾向にあります。原因はさまざまですが、職場が原因になっていることも珍しくありません。職場の原因は事業所の努力が必要になるため、メンタルヘルス対策はとても重要です。

 

メンタルヘルス不調のリスク

メンタルヘルス不調は個人だけの問題ではありません。2019年に公表された「労働安全衛生調査(実態調査)」の結果、仕事や職業生活で強い不安やストレスを感じた労働者は58.0%で、その最大の原因は「仕事の質・量」であることがわかっています。職場で半数以上の従業員が強いストレス状態にあることを放置することは、企業にとっても大きなリスクです。メンタルヘルス対策が後手に回るとどのようなリスクがあるか、具体的にみていきましょう。

 

①生産性に影響する

強いストレスを受け続けたり、不安を抱えていたりすると考えがまとまらず行動できません。これは、メンタルヘルス不調が原因で、脳の機能が低下するからです。判断したり集中したりすることが難しくなり、何かに対して意欲や好奇心も薄れていきます。

 

職場でメンタルヘルス不調者が1人であっても、その従業員が担当している業務はスムーズに進まなくなります。職場全体に広がってしまうと業務の質や職場全体の活力、生産性などが低下し、その部署だけではなく他の部署に影響する可能性も否定できません。

 

そのため、上司や同僚は個人の問題と捉えずに、職場全体の問題と捉えて対策してくことが大切です。

 

②対策を怠ると長期化の可能性がある

気づかない間に調子が悪くなってしまうメンタルヘルス不調は、対策を怠ると長期化することも珍しくありません。不調の程度はさまざまですが、最初の頃はただの疲れ、気のせい、そのうち治ると思い対策をしないことがあります。

 

さらに、従業員1人が休職した場合の損失は、その従業員の年収の3倍になるとも言われています。また、メンタルのバランスを崩すと、安定して働くことができるまでに「メンタルを崩していった期間と同じ期間は要する」とも言われています。すぐに体調が安定しないメンタルヘルスは、数か月、長い人では年単位という時間をかけて戻さなければいけません。

 

業務の質や職場の雰囲気の低下だけではなく損失も発生してしまうため、メンタルヘルス不調者を出さないための対策は行いましょう。

 

職場のメンタルヘルス対策に必要なこと

メンタルヘルス対策に必要な考え方は、「3つの予防」と「4つのケア」です。以下でそれぞれ解説します。

 

3つの予防

まずは、3つの予防からです。一次予防・二次予防・三次予防と段階的に分かれています。それぞれの段階で行うことが異なるため確認しましょう。

 

1.一次予防:未然防止

メンタルヘルス不調に限らず、さまざまな体調不良は「未然防止」することが大切です。たとえば、風邪をひかないように栄養のあるものを食べたり、しっかり睡眠をとったりします。

 

他の体調不良の原因とは違い体調が安定するまで長期化することもあるため、メンタルヘルスは特に未然防止が大切です。たとえば、1人1人がストレス発散を行ったり、職場は業務内容の見直しなど改善を行ったりする段階です。

 

事業所としては、ストレスマネジメント研修の実施やストレスチェックの実施が一次予防に該当します。研修やストレスチェックを行うことで意識していく動機付けにもなるため、積極的に行いましょう。また、ハラスメント窓口を設置したり、安全衛生委員会を実施したりすることも大切です。

 

2.二次予防:早期発見

二次予防は「早期発見」の段階です。メンタルヘルス不調が表れ始めている従業員を見つけ、適切に対応しなければいけません。早期発見の段階であれば自発的に適切な行動ができたり、周囲の話を素直に聞き入れてくれたりします。

 

対策はストレス発散といったセルフケアだけではなく、産業医や保健師との面談を実施したり、職場環境の改善をしたりすることです。それぞれに適した方法があるため、従業員が選択できるように周囲は方法を提案しましょう。

 

また、同僚だけではなく上司にも相談できる雰囲気や、人間関係づくりも大切です。助けて欲しいときに「助けて」と声を上げることができる環境づくりも行いましょう。

 

3.三次予防:職場復帰支援

どれだけ対策をしたり早期発見をしても、体調が悪くなったら無理せず休職することも方法の1つです。まず、本人は休職することを嫌がります。体調が悪くなっているときに休職という大きな決断をさせることは、本人にとってはストレスです。しかし、体調が悪いまま働いていても、業務中の事故に繋がったり、業務が滞ったりするため休職することは大切です。

 

そして、休職をした本人は体調が悪いにもかかわらず、仕事のことが気になったり、収入が減ったりして気持ちは焦っています。そのため、産業医や保健師、上司、人事は焦りを軽減し療養できるように、声かけや業務内容の見直し、休職中の補償を段階的に説明し本人の気持ちに寄り添っていきましょう。

 

焦って復職してしまうと、さらに体調が悪くなり再休職することもゼロではありません。また、メンタルヘルス不調が原因で、離職することもあります。三次予防は最終段階であるため対応をおろそかにせず、時間がかかっても周囲も焦らずに少しずつ、従業員の体調に合わせて進めていきましょう。

 

忘れてはいけない「4つのケア」

「3つの予防」に加えて「4つのケア」を行います。それぞれにポイントがあるため、しっかりと抑えることが大切です。

 

1.個人が行う「セルフケア」

セルフケアとは労働者自身でストレスを予防し、気づいたときに適切に対処することです。セルフケアは正しい知識がないとうまく対処できないため、事業者は労働者への情報提供や教育研修によりサポートします。ストレスへの気づきを促すための一つの方法がストレスチェック実施です。以下はメンタル不調の初期段階での症状の一例です。簡易的な判断材料としてご参照ください。

 

  • 体に表れる変化:頭痛、だるさ、寝つきが悪い・途中で目がさめるなどの睡眠の変化、肩こり・首のこりといった体がこり、食欲がなくなった・食べ過ぎといった食事の変化、発汗、アルコールやたばこが増えた
  • 精神面に表れる変化:やる気や集中力がなくなる、イライラしやすい、不安になりやすい、怒りやすいといった感情の変化、急に悲しくなる
  • 行動面に表れる変化:遅刻・欠勤が増える、仕事上のミスが増える、人付き合いが悪くなる、攻撃的になる、趣味が楽しめなくなる
    ※2週間~1カ月以上、上記のような状態が続く場合は要注意

 

セルフケアのやり方は人それぞれで決まった型があるわけではありません。以下は比較的誰でも簡易的に行える方法です。ご参照の上、試してみることをお勧めします。

 

  • 職場内で行える方法:深呼吸をする、笑う、ストレッチ、ストレスについての研修を受けたり、ストレスチェックを受け自分自身のストレス状態を把握する日常生活で行える方法:十分な休息と睡眠、気分転換(ドライブ、スポーツ、音楽鑑賞など)、周りに相談したり愚痴をいったりする

2.管理監督者が行う「ラインによるケア」

本人が気付くことも大切ですが、並行して、管理監督者が職場のストレス要因を把握/改善していくことも必要です。管理監督者は部下である労働者の相談に乗り、必要に応じて労働環境等の改善を行うなどの対応をします。

  • 管理監督者が行うこと:
    ①メンタルヘルス対策の重要性を理解すること
    ②部下との良好なコミュニケーションを心掛けること
    ③部下の変化に気づき早期発見できる目を持つこと

 

  • 事業所が行うこと:
    ①管理監督者が正しい知識と対処方法が身につくように研修を行うこと
    ②部下の話を聞けるように傾聴訓練を行うこと

 

メンタルヘルスケアとして事業所や管理監督者が最初に行うことは管理監督者自身への理解を醸成するための研修です。

 

3.事業所内の「産業保健スタッフによるケア」

業所内の産業保健スタッフ等によるケアとは、産業医や衛生管理者などの産業保健スタッフ等による支援です。主に以下の役割があります。

  • セルフケアおよびラインによるケアの支援
  • 職場環境改善のためのアドバイス
  • 個々の相談対応
  • 相談等を受けることができる制度及び体制(ネットワーク等)整備
  • メンタルヘルス関連の教育研修の企画・実施

関係部署が連携して取り組むことで、安心して復職できたり業務に取り組くんだりすることが可能になります。医師や産業保健師は人事関係や業務関係には詳しくなく、人事・労務担当者は医療関係には詳しくありません。そのため、連携をして対応していくことが大切です。

 

4.外部連携による「事業所外資源によるケア」

事業場外資源によるケアとは、メンタルヘルスケアの専門知識を有する外部機関やサービスを活用することです。産業保健スタッフがいても、相談する従業員としては愚痴をいうことで査定に影響しないか、上司に話が伝わらないかなど心配になり、同じ事業所内の人に話をしたくないと考えます。

そのようなときに、外部の機関やサービスを活用することで、企業が抱えるメンタルヘルスの課題を専門的な見地から解決することが可能となります。以下が外部機関やサービスの一例です。

  • EAP(労働者支援プログラム)
  • 地域産業保健センター
  • 産業カウンセラー  など

 

また、家族と同居している従業員に対しては、家族と連携することも外部支援の一つの方法です。従業員によっては専門的な治療が必要になっても、事業所側からの説得では受診ないこともあります。そこで、家族にも説得を協力してもらうことで、受診する可能性が広がります。

ただし、家族と本人との関係性が良好でなかったり、家族が連携を拒む場合は無理な連携は控えます。また、家族と連携をする場合、一緒に対応していく旨を伝えましょう。

 

メンタルヘルス対策の基本的な取り組み

それでは、メンタルヘルス対策の基本的な取り組みをご紹介します。メンタルヘルス対策は不調者が出る前の段階から実施する事が大切です。しかし、様々な選択肢があるため、とりあえず何から始めればいい?と考えてしまいます。これに関して厚生労働省は、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(改正)においてメンタルヘルスケア(労働者の心の健康の保持増進のための措置)の基本的考え方を公表しています。その中で、有効な取り組みとして推奨される4つの取り組みを紹介します。

 

1.ストレスチェックの実施

2015年に事業所の義務として「ストレスチェック制度」がスタートしました。これは、「ストレスチェックと結果に基づく希望者に対しての面談指導の実施、集団ごとに結果を集計・分析し、職場環境の改善を行う」など事業場における一連の取り組みです。

 

ストレスチェックをすることで、従業員が自分のストレス状況を把握し、事業所が職場単位でのストレス状況を把握することができます。自分のストレス状況を数値やグラフで知ることで、必要な対策をとるきっかけにもなります。事業所は職場のストレスが減るように、業務内容や人員の見直しなどを行うことが大切です。

 

このとき、ストレスチェックを実施する人員の確保が難しい事業所もあります。そのようなときは、ストレスチェックの実施業務を代行してくれるサービスを活用しましょう。サービス等の詳細については後記3.従業員支援プログラムの活用にて解説します。

 

2.産業医と連携する

産業医と連携することも大切です。産業保健師などの産業保健スタッフだけでは、解決しない問題もあります。産業医でなければ医療機関に紹介状を書いたり、意見書を書いたりとできないこともあります。

産業医の主な役割は

  • 健康診断の実施・結果への対処
  • 長時間労働者の面接指導
  • ストレスチェックの実施等です。

病気の診断や薬の処方はせず、適切な医療機関の紹介や休職者の復職判断などにより労働者の心身の健康をサポートします。

*労働安全衛生法では、労働者が50人以上いる事業場に産業医を選任することが義務づけられており、50人未満の場合は努力義務となっています。

 

3.従業員支援プログラムの活用

「従業員支援プログラム(EAP:Employee Assistance Program)」といいます。事業所内の産業医や産業保健師などを「内部EAP」、事業所が依頼をして対策を行う外部機関やサービスが「外部EAP」です。弊社もEAPを提供している会社の一つです。
外部EAPによって特徴や料金が異なるため、予算や自社に合った特徴の外部EAPを利用ください。

弊社サービス内容の詳しいご案内や資料請求は、以下URLにて確認いただけます。

https://kirihare.jp/

 

 

4.ストレスマネジメント研修などを実施

ストレスという言葉は知っていても、症状や対応方法などを知らない人がほとんどです。また、部下と上司とでは対応方法や声かけが違うこともあります。そのため、それぞれの立場に合わせた内容や、全体的な内容などで研修を行います。

 

ストレスマネジメント研修は、小規模事業場でも比較的導入しやすい取り組みです。メンタルヘルスの重要性や基礎知識を労働者及び管理監督者に教育し、意識醸成やメンタルヘルス不調予防を可能にします。場合によってリーフレットやDVDなどの各種媒体での実施も推奨されています。また、マンパワーの課題があるのであれば、外部機関・サービスに外部委託することも効果的です。

外部委託する場合、基本料金に往復の交通費がかかることもあるため、事前に総額を確認してください。また、研修の対象者を伝え、講義内容の希望も伝え忘れないようにしましょう。

 

メンタルヘルス対策の基礎を知り従業員の健康を守ろう

さまざまな年代が働いている事業所は、考え方が違ったり、仕事に対する姿勢も違ったりします。そのため、同じ業務を担当していてもストレスの感じ方は違い、体調への表れ方も異なります。ゼロにすることができないストレスは、貯めないことが一番ですが、万が一、貯めてしまった場合に起きる症状を認知しておくことはさらに重要です。。そこで、事業所としてストレスチェック制度を活用したり、ストレスマネジメント研修を行ったりしましょう。

 

前述のように、大切なことは一次予防、二次予防、三次予防からなる「3つの段階」、そしてそれぞれの段階で適した「4つのケア」です。

事業所はメンタルヘルス対策の基礎を知って、従業員の健康を守りましょう。